神戸まつりの一日、ちょうどお昼時にぎょうざ苑の前を通りかかると、二組しか並んでいない。ラッキーとばかりに行列に加わる。10分以上間待っただろうか、ようやく中に入る。これまで行列に辟易し敬遠していたので初入店である。その頃にはもう10組以上並んでいた。
外の行列とは対照的に店内はゆっくりした感じで、二人なのに四人がけのテーブルに案内される。ジャジャ麺、水餃子、焼餃子を一人前ずつ注文する。10分から15分経っただろうか、ジャジャ麺が運ばれてきた。二人で分けるから、と云っておいたので小鉢を持ってきてくれる。麺は腰の強い日本のうどんのようで、やや細めである。ピリ辛とメニューに出ていたが、それほどのことではない、美味しく頂ける。
やがて水餃子も運ばれてきた。ところが私の焼餃子はまだまだで、先客も待っているようだ。と、店の奥を向いて坐っている私のすぐ右後ろの席で、何だかガタガタ音がするかと思ったら「救急車を呼んでください」と女性が大声を上げた。顔を向けると、男性客がカクッとした様子で目を閉じて座っている。お店の人がすぐに消防署に電話をして、「何歳ですか」と先方の質問を取り次ぐと、「65歳です」と連れの女性が答えている。
ほんとうはつぶさに状況を観察したかったのだけれど、なんだか憚られて耳をダンボ君にする。別のテーブルから「動かさないで」声が上がり、その女性が男性に近づいたようである。「看護婦ですから」と云い。連れの女性と少しやりとりをしていた。男性に呼びかけているが反応がなさそうである。意識を失っているのだろう。
黙々とジャジャ麺をすする。店内はシーンとしている。救急車はまだ来ない。神戸まつりで中心街は交通規制が敷かれていており、その影響が周辺に及んで救急車が近づきにくいのだろうか。もう3年前になるのか、妻がベルリンのウンター・デン・リンデン通りで転倒して前額を打ち、血が吹き出て救急車を呼んで貰ったことを思い出しながら、ジャジャ麺を平らげにかかる。救急車も来なければ焼餃子もまだ上がってこない。
ほんと、何時になったら救急車が来るだろうと気にしているうちに、男性の状態に変化があった。意識が戻りだしたようなのである。声がぼそぼそと聞こえだした。やがてこの男性は自分に気合いを入れたのであろうか、はっきりした声で話し出した。「大丈夫や」と云っている。確かに声に力がある。ようやく救急車が到着した。南京街の外れにでも停めたのであろうか、救急隊員が店内に入ってきた。ところが男性は「なんでもない。もう大丈夫や」と云いながら救急隊員に付き添われて自分で歩いて出て行った模様である。邯鄲が南京街に現れたのだろうか。連れの女性が店内の客と店の人に「お騒がせしました」と丁寧に挨拶をして後を追った。
焼餃子がようやく運ばれてきた。店内にも会話が戻ってきた。注文してから30分近くはかかっていた。いつもいつもハプニングがあるわけではなし、焼餃子を食べるには一人の時は本を持って入った方がよさそうである。これまで口にしたことのない味わいのある餡のはいった餃子に心置きなく舌鼓を打った。